月色相冠 / smalt

反目しながらも少年は知らずうちその背を追って行く――真実を負う背を。

(一部グロテスクな描写を含みます。苦手な方はご注意ください)

事故で父母を失った少年は一人のナイトと出会う。
彼と反目しながらも、少年は知らずうちその背を追って行く――真実を負う背を。

完結済みです。


  • 1)528~536 M.C.

     多少の赤みの差はあれ髪も目も、薄茶色したものが一般的なその国で、彼らはともによくある色の髪と瞳をしていたから、その第一子が黒い髪に赤い目を持って生まれたことは驚きと、ある種の悲嘆をもって迎えられた。 その子の祖父も赤い目をしてはいたが――…

  • 2)537 M.C.

     その日もヴィダはいつも通り玄関先の階段を五段飛ばして鮮やかに着地したが、そこに毎朝必ずと言っていいほど彼を待ち受けていた正義のナイトたちはいなかった。 辺りを見回した彼を曲がり角から呼ぶ声がある。ヴィダが返事をしながらそちらを向くと、声の…

  • 3)538 M.C.

     奇妙に静かな朝だった。 朝食を済ませると、ヴィダは父母について家を出た。今日はいつものように階段を飛び降りるなどという元気なことはしない。なりきりナイトも待ち構えてはいなかった。前もって「今日は無理」と伝えておいたのだから当たり前なのだが…

  • 4)539~541 M.C.

     ヴィダはその日から、士官候補生として生活することになった。 王宮と同じ敷地の中に設置されているユーレの王立士官養成所《シューレ》は、軍官の養成を目的とする原則全寮制の教育機関で、年齢ではなく在籍日数でクラスを分けるという形を採っている。二…

  • 5)542 M.C. I

     その年、ヴィダが十四歳の誕生日を迎えてしばらくしてからのことだ。長らくグライトを留守にしていたフォルセティが戻ってきた。傷病兵として。 彼の怪我はそれでも待てば必ず回復する類のもので、ヴィダはイザークに言われるまでは、自分から見舞いにすら…

  • 6)542 M.C. II

     その後まもなく、フォルセティは何の前置きもせずヴィダの後見人を辞任した。 彼が何を考えてそういう行動に出たかはわからない。しかしいくら彼を頼りにも、また信用もしていなかったとは言え、何の説明もなく唐突に行われたその辞任劇はヴィダにもそれな…

  • 7)543 M.C. I

     年が明け、しばらくして。 シューレが本格的に稼働を始める直前を見計らったかのように、フォルセティはひょっこり現れた。それも夜に幾分くたびれた旅装で、シューレ寮ヴィダの部屋に直接。背中の荷物の中で畳まれた軍装が音を立てていた。 中庭からガラ…

  • 8)543 M.C. II

     結局ヴィダはフォルセティのことを通報せず、彼がグライトに戻ったことすら誰にも言うことはなかった――イザークを除いては。 彼は一週間考えて、それでも考えあぐねて老人の許を訪ねた。少年の側から会いたいと言い出すことなど未だかつてなかったが、そ…

  • 9)543 M.C. III

     国王の崩御を受け、シューレは臨時の休みに入った。もちろん喪に服すという意味もあったが、シューレは王立の機関であり、その運営に関する意思決定機関には国の中枢に関わるものも含まれた人員構成だったから、彼らがてんやわんやの状態ではまともな運営が…

  • 10)543 M.C. IV

    「何してんの。お前」 施錠されている扉のほうを眺めつつ、どうしたものかと考えていたヴィダの背に、突然気の抜けた声が投げつけられる。肩越しに振り向くと、そこにいたのは呆れた顔のフォルセティだった。この男が神出鬼没なのは今日に限ったことではない…

  • 11)544 M.C.

     事態の安定を待っていたので、フォルセティの正式な葬儀は翌年のはじめまで随分ずれ込んだ。ヴィダはそれには参列しなかった。国葬など似合わないように思えたのだ。フォルセティにも、そして自分にも。 比較的暖かなこの国では腐敗も速く進むため、遺体は…

  • 12)550 M.C.

     ヴィダはその後も目覚ましい成績を叩き出し続け、最低限必要な過程を終えた後は教官の補助を務めながら、二十二になった年に文句なしの首席でシューレを卒業し、そのまま士官として採用された。そして彼は間もなく、その少し前に国王として即位していたかつ…


〈完結〉