月色相冠

「信じておやり。たとえそれが正義ではなくても」

 この世界には『竜』がいる——紫の目の人間たちは、彼らと結んで奇跡を起こす。

 その頂点たるべくして生まれた最高神官のフリッガには、彼女自身も知らないある秘密があった。
 それがもたらすものを知らぬまま、彼女は祖国のために聖地を離れ、敵国へと旅立つことになる。その護衛に選ばれたのは、竜による災禍ですべてを失った騎士だった。

 母を知らないかつての少女と、ただひとり生き残ったかつての少年。そしてふたりを取り巻く人と竜。それぞれが抱えた理の織りなす、過去から未来への物語。

完結済みです。
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序章

  •  この世界には、「竜」がいる。 それはとても曖昧模糊とした、手を触れられぬ領域の、生き物ともそうでないともしれない、何か。 時代によって異なる名で呼ばれ、強大な力を誇るそれは、操ろうとするものを足がかりに、人の世に現れる。 海に三方を囲まれ…

 

1章 ユーレ:砂と水と、始まりの都

  • 0 ある男の退場と、その次の幕について

     その出来事の直後、少女はその中で命を落とした彼女の父親を世襲する形で最高神官《サプレマ》に任命され、同時に首都グライトを離れて山奥に居を移した。 そこは水源地であり聖域ともされていたが、たかだか六歳の少女が自分で居場所を定められるはずもな…

  • 1 幕開け、ある再会とふたりのこと

     彼女は目を逸らさないまま、まっすぐ顔を上げた。それからぐいと顎を反らしたので、ちょうど喉を晒すような格好になる。 十歳を越したばかりだったヴィダが、自分に起きたことがうまく整理できないままシューレに放り込まれたのが十二年前だ。 事件の起き…

  • 2 夢と闇のあいだ

     十五年前にフリッガが追いやられた山深い住まいには、この時間では木々の隙間を抜けた窓越しの寒々しい月の光と、木立と遊んだ風だけが届く。 気候としては温暖というより暑いと言った方が適切なこの国も、日が落ちれば風は冷たい。空気が乾いているからだ…

  • 3 闇と夢のあいだ

     フリッガがグライトに出てくるのは年に三、四回くらいだ。出かける用事があるとしてもだいたい国境あたりから呼び出されるだけだから、そういうとき彼女は首都など経由せず直行するし、帰りも直接戻る。 だから彼女は今でもグライトに立てばまずその日差し…

  • 4 赤と黒

     とっぷり日の暮れた山奥の水源地付近では四柱の竜が額を集めている。 主と竜とは、相手が五感で直接認識したものをそのまま知ることはできなくても、思考はある程度トレースすることができる。竜は紫の目を持つ人間の思考作用に寄生して、形も時間もない彼…

  • 5 出立

     言われたとおり台所で洗い物をして、しまう場所が分からないので食卓の上に器を重ね、それからフリッガは髪をまとめ直して表に出た。 鍵を預かっていなかったのは玄関を出てから思い出した。仕方ないので彼女はきょろきょろとあたりを見、誰もいないのを確…

 

2章 メーヴェ:風と海が呼ぶ町

  • 0 Vida // null

    この仕事についてから、そこそこの経験をしている。ちょっと異様なペースで昇任してしまったので、尚更。任官したころには既に、国境警備に出ればほぼ例外なく小規模戦闘には遭遇する時期で、サプレマに救援要請をすることも以前よりだいぶ増えていた。とにか…

  • 1 国境を越えて

     半島を領有するユーレは、大陸と接続する辺境部に乾いた大地を抱えている。国境線はそのただ中に横たわるものだ。 その荒野自体はそれほど広いものではなく、ところどころ小さな緑地や低木もあるのだが、かつてアドラ軍が展開していたころの残骸もちらほら…

  • 2 それぞれの夜

     伝えられた家を訪ね、招待への感謝を伝えると、早速食事の広げられた円卓に誘われた。 家のものが椅子を引いて待っている。ふたりの間をのっそりと、毛の長い大きな犬がすり抜けていった。フリッガは、うーを連れてこなくてよかった、と思った。彼自身は犬…

  • 3 ゴースト

     そあらは膝をつき、倒れた敵を簡単に調べた。やはり女性であるらしい。フリッガと似たような体格だ。 頭を掻きながら翠嵐が寄ってくる。「あんま近づくなよ、噛み付かれても責任持てない」「大丈夫よ。ご心配ありがとう」 そう言って立ち上がったそあらは…

  • 4 水の色

     返事はなかった。ベンチの上を覆う葉が集めて大きくなった雨粒が、ぽたり、ぽたりとフリッガのつむじに落ちた。 彼女は長い、長いため息をついて顔を覆っていた手を外した。そろ、と顔を上げる。改めて見てみた顔は、ヴィダに本当によく似ていた。それでも…

  • 5 空の色

     砂の混じった風が坂を吹き降ろしてくる。 今日はここにいると決めたのだから、その時間は有効活用するべきだ。そして今できる有効活用といったら気分転換くらいである。そうしてヴィダは足を踏み出し、空を仰いだ。 今は快晴だが、早くも砂が舞い始めて空…

 

3章 ドロッセル:それは炎でありつつ

  • 0 seele // #ffcb3d-El

    ここらへんまで来るのは、三十年と三か月、それから五日と八時間ぶり。マスターと契約をする前にふらりと上を通ったとき以来だ。もうずっと前のような気がする。生まれてからの時間を考えればそれは、ほんの、ほんの少しだけれど。国境を越えて、荒野を過ぎて…

  • 1 ある航海

     ドロッセルの趣は、ユーレのどの街とも、またメーヴェとも大きく異なる。建物はどれも高い。ユーレの王宮の、てっぺんに温室を備えたあの塔を越えるものもたくさんあるように感じた。 ここは人が多く、全体的に冷たい印象を与える建物の多い街だ。だから、…

  • 2 箱の中

     フリッガとヴィダとは、決めておいた待ち合わせ場所にほぼ同時についた。お互い同時に口を開きかけ、顔を見合わせる。先を譲られたのはフリッガだ。じゃあ、と言いながら彼女は咳払いをした。「一番通りやすそうなとこ調べてきた」「どこ?」「やっぱり思っ…

  • 3 ラケシスの竜

     昨日の晩遅くから降り始めた雨は夜明け前に上がった。それが残していった水溜りは、昇ったばかりの朝日を反射し、ドロッセル中心部に林立する暗い色の建物の壁を複雑な模様に染めている。 カーテンを開けた。窓ははめ殺しで開かない。そのことを確認してか…

  • 4 おかあさんのはなし

    「あなたのお母上は、とてもきれいな真っ白の髪に鮮やかな赤紫の瞳を持つひと」 そう話す熾は、相変わらずの柔らかな笑顔だ。対してフリッガの表情は固い。 母親に訊け、とプレトは言った。そしてまたここで。 見たことも、会ったことも覚えていないのに、…

  • 5 「あのひと」のはなし

     そあらが「どうかしましたか」と声をかける。フリッガはテーブルに突っ伏したまま返事をした。その声はもごもごと聞き取れなかったが、彼女らの間ではそれで十分だ。ふたりが竜と主という契約を交わしてから、ずっと。 フリッガはそあらから、先代サプレマ…

 

4章 verde e amarelo:彼と彼女

  • 0 Frigga // crr; unauthorized

    翠嵐に会ったのは、たぶん七歳か八歳か、そのくらいのときだったと思う。グライトを離れて、まだそんなに経っていない頃。見上げた視界を埋め尽くすような大きな翼を、三対持った竜だった。表面はざらついて、砂のよう。緑色の目はくすんだ体色のなかにあって…

  • 1 ある地竜の場合

      ジオエレメンツ、コード#3c0、So/Bt。  暫定計測値二四・八。特記事項、複合原典域。  利用適性ありません。理由、収容不可。  ホール、凍結処理を選択。  完了。  以上。 多島海と呼ばれる地域がある。 そこにはユーレやアドラ、フ…

  • 2 ある地竜の場合(2)

     結麻と翠嵐とが集落の他のものと違うのは、仕事のこなし方にも顕著だった。他は主が指示を与えた通りに竜が動き、結果だけを――端的に言ってしまえば――主が横取りする形だったのだが、結麻は翠嵐に対して指示を与える事は一切せず、その代わり目標だけを…

  • 3 ある地竜の場合//この愛しき仔ら

     新緑の色をした目に、紅に染まった空は映らない。彼は既に軀を持たなかった。 この世界と彼を結ぶ絆は結麻であった。もうない。 あっけない別れであり、遺されたのもまた小さなものだけだった。 結麻が消えた海の渦の中から、黒い竜が羽搏いて飛び去るの…

  • 4 ある雷竜の場合(1)

      ジオエレメンツ、コード#ffcb3d、El。  暫定計測値四・二。特記事項、亜種自発型。  利用適性S+。  ホール保存。継続観察。  以上。 人間が自らを絶滅の危機に陥れ、その後の大移住時代の幕開けとなる災禍の遠因となったそのシステム…

  • 5 ある雷竜の場合(2)

     ゼーレの処分からそう経たず、アドラとアムゼルを中心に回っていた人間の世界はなくなった。 SEEの開発計画が外部に漏れ、アドラはアムゼルを中心とする他国からの軍事的介入を止めることができなくなった。そしてそれに対抗したアドラ軍部が捨て身のク…

 

5章 スペクト:黒い鋼の都

  • 0 suirann // #3c0-So/Bt

    アドラは王制を敷いていない。なのにまだこの都市は王都と呼ばれる。かつてここを国の中心に据え、足がかりとして領土を増やしていった教主を、この国の者は今でも「王」と呼ぶ。一度たりとも王であったことのないそいつは、死してなおこの国に君臨している。…

  • 1 淀み、総ての集う場所

     スペクトは周囲に壁を張り巡らせた都市だ。首都というだけあってその警備は、人・モノ・カネの行き来を促進することで成り立っていたドロッセルの比ではない。 人の背丈の四、五倍はゆうにあろうかという高さのその壁を、フリッガは外側に沿って歩きながら…

  • 2 夜と闇

     それは、これまでのウェバの話からフリッガが想像していた彼女の像とはあまりに違うものだった。そあらは続けた。「とにかく、とても冷静で、そして慎重だと感じていました、最初は。けれども——そうですね、近所に子どもが生まれて、当時の私のマスターが…

  • 3 黎明、その前

     フリッガはその場所を思い出そうとしたが、どうしても無理だった。 仕方のないことだ。もともと知らないところなのだから。 水の膜のような、透明度の高いガラスが一面に張られた屋内にいた。ユーレにこんなに歪みのないものは少ないが、ドロッセルやスペ…

  • 4 彼方の標

     ガラス越しに見たデザートを目当てに店に入る。店員が一瞬ぎょっとした顔でこちらを見たが、ふたりにはもはや知ったことではない。というか、うーに至ってはおそらく一瞬とて気にしたこともない。人にあってはかなり不自然な髪や目の色を持つ竜は、そんなふ…

  • 5 薄明、そののち

     その前日の朝ヴィダが外に出たのは、フリッガがまだ起きないうちからだった。 ゼーレに同行してもらったので「ひとりで」という評価はたぶん正確ではないが、外から見ればゼーレの姿は誰にも認識できないし、少なくともフリッガのそばは離れている。 彼は…

 

6章 碧の森

  • 0 Budd // null

    同僚の遺体が目の前に転がっている。遠くで爆発の音が聞こえる。すぐ背後で火が爆ぜ、目の前の扉は吹き飛んで、閉じることはもうない。流れ出した培養液が広がっている。それでも、外に見える海は今日も静かだった。外と内を仕切るものも既にないというのに、…

  • 1 「はじめまして」

     カーラン・マリスの別荘は、アドラ国内の主要な景勝地には漏れなくと言っていいほどある。そのそれぞれが著名な建築家の手によるもので、中には美術的価値も認められるものすらあったが、所有者であるマリスは死ぬまで、そのいずれも公開はしなかった。 マ…

  • 2 バースデー

     押し問答のようなやりとりを繰り返して分かったことがある。 語彙は極端に少ないわけではないが偏りがあるし、違う考え方が存在することへの理解も浅い。けれども便宜的にとはいえ固有の呼称を与えられた後の少女は、信じがたい速度で知識を吸収した。 規…

  • 3 水底の庭(1)

    深い、深い森である。樹冠は見上げた遥か上で、まっすぐ伸びた幹は枝打ちされた跡もないのに、手の届くところに枝葉はない。広がった梢はほとんど天に近いところだけ、その向こうの空の色は見えないが、晴れているならこんな程度の明るさではないだろう。その…

  • 4 水底の庭(2)

     たぶんこれがフリッガの本心なのだな、とヴィダは思った。 思考を共有すると最初聞いたときはさっぱり理解も想像もできなかったけれども、おそらくこういうことなのだ。 頭を占めているものは相手に伝えたいと思わなくても、そうして口に出さずとも、頭の…

  • 5 「おはよう、愛するひと」

     フリッガが目を開けたときには、外はもう日が傾いて室内に届く光は赤かった。 とても、とても長い夢を見ていた気がする。 ぬるま湯の中のようなところで浮かんだまままどろんで、自分の心臓の音と、聞き慣れた心地よい声を聞いていた。 声が止んで、ゆっ…

 

7章 茜の海

  • 0 Frigga Ⅱ // crr_n; hybrid

    結局スペクトを離れるのはもう少し待つことになった。皆それぞれに、済ませたいことがあったから。まずゼーレ。プレトに会ってくれば、と言ったけれど、あまりそれには乗り気じゃなかった。気持ちは分かるような気もする。たぶん、長い間に作り上げた彼女の中…

  • 1 小さな恋のうた

     フリッガが先日うーと訪れたあの店の場所は割と覚えやすく、彼女はそこを難なく再訪することができた。 今日は三人連れである。外からガラス越しにショーケースの中を確認し、この前食べたものがあるのを確かめて入店したら、前も対応してくれた感じのいい…

  • 2 ふたりの魔女

    「だから僕が思うにね。スペクトが官庁街を中心に描くシンメトリーは、秩序の体現というよりはむしろ……」「うるさい。お前はもう黙っていろ」 先を行く少女、火竜|爛《らん》は主たる青年の胸ほどの背丈しかない。顎の線できれいに揃えられた髪の上に、水…

  • 3 空と雫

     ランティスは爛の消えた方をしばらく見送っていたが、ため息をついてから視線を前に戻した。 向かいにはフリッガとヴィダがいる。ちらちらとではあるが無遠慮にこちらを気にしつつも真横は避けて通っていく通行人に肩をすくめ、ランティスはふたりに苦笑し…

  • 4 どこでもない、全ての場所のこと

     ——わたしたちは つねにあなたたちとあり   そうであるがためにあなたたちはわたしたちを知らず   そして知ろうともしない。  何もない、ただ白いだけの空間が広がっている。燦はまず上を見、次いで左右を見回して、大きな息をついてから再び正面…

  • 5 西日と影

     燦は普通の人間よりはずっと早く回復した。彼の体はキャリアのものだから当然のことである。 もちろん竜には及びもしなかったけれども、人間であるヴィダには「俺の倍の倍か、さらに倍」と言わしめたほど。その怪我の治りはフリッガよりもまだ早かった。 …

 

8章 ナハティガル:蒼穹の軍都

  • 0 soalla // #00519a-Aq

    彼女は追跡さえしませんでした。追おうと思えばできないわけでもなかったのでしょうが——今は「うまくいった」ということだけ。私が離れてからのマスターの成長は目覚ましいものでした。というよりも、私の目が曇っていただけなのかもしれません。庇護だと思…

  • 1 わたしと私

     フリッガにとっては、今となってはもう当たり前でしかないことなのだが——数ヶ月前のことを、考えてみる。 父の真似をしたくて、弱い自分が嫌で、男を気取ってみたり。でも体の作りは当然違うから、いろいろな不具合が出た。それを全部見えない、気づかな…

  • 2 ノヴァ

     まっすぐに伸びた細い手足。長い睫毛と、薄く藤色に染まった目。尖った耳。皮膚は光を透かすようだった。髪は虹の色さえそのまま映すような白だ。四肢には瞳に似た色で、左右対称の文様のような痣。 その姿はあたかも空想物語に出てくる妖精のような——い…

  • 3 使者、西より

     ナハティガルは軍事都市である。そうであるにも拘らず、首都スペクトよりずっと生活感にあふれている。ヒトより低い視線から市内を見回しながら、うーはそう思った。 この町はアドラの内陸側の端にあり、隣国ファルケと国境を接する。こういう配置では多く…

  • 4 ファルケ、フリューゲル

     ユーレは半島に位置する国家である。陸続きの一方は火竜の巣と化したアドラであるが、周囲三方は海に囲まれているから、竜の出入りは今でも比較的自由だ。 フリッガの聞いた限りでは、そあらもそうして海から来た竜であったらしい。「らしい」というのは、…

  • 5 火竜の血族

     指定された場所に向かうと、先の女性——エリウ=エアと名乗った女性——が守衛に話を通していたようで、そあらは簡単な質問に答えただけで詰所の中に入ることができた。 思っていたよりは薄汚れた屋内ではあるが、不潔な感じはない。単に古いだけで、手入…

 

9章 EULE y un caballero del guarda

  • 0 ww // #8dc7bf-Af

    翠嵐は、まごうことなき「竜」だ。ざらついた背中はとても広くて、さっき別れた爛とは全然違った。羽搏きのたびに、その辺から|地竜の虫《つたむし》が吸い寄せられてくる。そうしてざわざわ賑やかに、オレと蔦虫たちは空から放り投げられた。気づけばもうフ…

  • 1 繭と秋津

     エレアの主はもともとの居場所が比較的出口に近かったことが幸いし、ひとまず無事が確認できた。 エレアに続いて議場内に入ったそあらが見たエレアの主は、白く豊かな髭を蓄えた、年配の上品な紳士であった。しかし今その眉間には深い皺が寄っているに違い…

  • 2 帰投

     ナハティガルに逗留していたフリッガにゼーレが繋いできた通信は、ファルケの国会議員を名乗る男性を映し出した。 その男性はフリッガに、今回のことでファルケが多くの国会議員を失ったこと、それによる議事運営への影響が避けられないこと、ひいては連合…

  • 3 竜と逆賊

     うーが報告したとおり、翠嵐とそあらとは、ユーレの国境警備隊が展開する荒れ地を一望できる場所にいた。 この辺りはほとんど高低差のない平原であるものの、時々切り立った崖が現れる。断面の地層は、翠嵐に言わせればなかなかに興味深く研究のしがいがあ…

  • 4 あしたの正義

     ここの連中の対応を見る限り、少なくともヴィダは現場のレベルでは特別お尋ね者扱いというわけでもないらしい。いきなり処刑はないと言いつつ、捕縛される可能性くらいは十分にあるからと言い含めて翠嵐に後方支援を任せたのは杞憂に終わったわけだ。 フリ…

  • 5 グライト、再び

     フリッガは、ジェノバとの話を終えてテントを出てきたヴィダとネコとを、食事の準備をあらかた終えたテントで迎えた。 それまでの間にここの責任者の軍人と話をしてみたら、食材の調達という点ではかなり力になれそうなことが分かった。必要なら、と言いか…

 

10章 ユーレ:暗渠の集う、その先へ

  • 0 Dewte // null

    サプレマに続いて入室した彼は、前回会ったときよりも少し痩せたように思いました。形どおりの労いの言葉をかけてから、サプレマから報告を受けました。残念ながらフリューゲルに至ることはできなかったこと。その理由も端的に。サプレマの声を聞きながらも私…

  • 1 蛇と狼

     議員からいくつかなされた質問に淡々と答え終えて、フリッガは女王に一礼し謁見室を辞した。 これからすることは決まっている。元来た方へ足を踏み出すと、今閉じられたばかりの背後の扉がまた軋んだ音を立て、フリッガは思わず振り返った。 先ほど彼女に…

  • 2 愛国者たち

     デュートは室内を見渡した。 議員が辞して、今残っているのは軍の関係者だけである。そして取り囲まれるように立っている、女王である彼女が名前を授けたナイトであるはずの彼の、今の立場は被疑者だ。 デュートから近い位置に陣取っていたキュルビスが一…

  • 3 再び竜の舞う日

    「さて、どうするね。ナイト=シュッツ・コンベルサティオ、いや。コンベルサティオ卿」 キュルビスは両脇に軍人を、背後に弓兵を従えて、片足を投げ出すように姿勢を崩し、腕組みをしながら言った。 デュートが隣を見ると、彼は相変わらずどうでもいいとい…

  • 4 砂煙の向こう

     背中に馬乗りのフリッガを振り返りながら、キュルビスは何か言った。フリッガは眉間に皺を寄せ、立ち上がるとキュルビスを引き上げた。 後ろ手に縛られたままの彼の衣服は、倒されたときに土で汚れている。それでも、その地位を表す四本のラインで裾を飾ら…

  • 5 伝令、ひとつの空の下

     ヴィダは投げ捨ててしまった得物の片割れをうーから受け取り、それを揃えていつもの位置にしまって、さて、と呟きながら腰に手を置きテントの方に目をやった。 そのままジェノバにいろいろ尋ねれば、拗ねたような声ではあるものの返答はそれなりに返ってき…

 

終章 全ての岸に寄せて

  • 0 run;

     デュートは手当を受けた民家を出ると、フリッガが置いていったプレトには先に王宮で待機するよう申しつけた。黒い竜はろくに返事もせずに羽搏いていった。 身軽になった女王は、懐かしき我が家への道行きに市民を同行させた。一度断った靴は、踵の低いもの…

  • 1 空と境界

     爛の要請を受けた燦は、すぐに行動を開始した。 ランティスらを見送った後も身を寄せたままであったナハティガルの市庁舎を降り、彼はニンバスに向かった。 スペクトと違いナハティガルでは彼の顔はそう知られてはいないとはいえ、そもそも今回の戦端とさ…

  • 2 さよならを

     フリッガは周りを窺い、誰にも察されないように気をつけながらキャンプを離れた。 誰も同行させなかったのは、ランティスに敬意を示すためでもあるし——ほかにも理由がある。 指定された場所まではさほどかからない。キャンプからは高低差もないのでほと…

  • 3 魔女の幕引き(上)

     アドラ軍撤退の報が入った。 女王デュートを議長兼執行機関とし、首都グライトをはじめとする各地区から選出された新議員で構成するユーレの新議会は大いに沸いた。 デュートの采配の下、ユーレはアドラからの難民受入れを早々と議決した。都合のいいこと…

  • 4 魔女の幕引き(下)

     フリッガの髪はランティスと一戦交えたときに、まとめた真上で切ったままだ。扉から伸びた廊下の光のほかには光源がないこの部屋ではグレーにすら見える、淡い茶色で短いけれども真直ぐなそれとは対象的に、ウェバの髪は闇に溶けずに浮いた。 肩口まで伸び…

  • 5 まだ道の途中

     その後、多少時間は要したものの、主に燦と熾が音頭を取って落ち着きを取り戻したアドラは、議会を刷新して新しい体制を作り上げた。 燦はここで、エレアを通じてファルケに協力を求め、ファルケはそれを快諾した。 作業部会の一員としてスペクト入りした…


〈完結〉


アイキャッチ絵とか