カイル・ディケンズ——偽ライアン・アボット——は、セドリックとの会談を終えた途端に始まった議論を、しばらく腕を組んで黙って見ていた。
確か十五年前、Ap–LX0001と初めて話したとき、あのときにも「ハンドラー」はその場にいた。一言も発しはしなかったし、名前も明かされなかった。ただAp–LX0001が「ハンドラーが同席している」と言っただけ。それがBISECのころと同じセドリック・ワイラーであることは調査でわかっていたが——明らかにあれもまた、不老だ。BISEC外で新たに生まれた不老。ディケンズはこめかみを押さえた。
左右に並んだ面子の声はまだ高い。ディケンズは大きなため息をつくと顔を上げ、長テーブルの奥に置かれたままのカメラに、すっと目を合わせた。
「まだ、見ているか?」
彼が呟いた小さな声が、テーブルを一瞬でしんとさせた。
その後ディケンズたちが打った手は、リブラリア社を、そしてそれ以上にセドリックを極限まで疲弊させた。
ユーザーからの問い合わせは減らない。むしろ増えた。ディケンズたちが意図的にリークしたさまざまな情報が、ARIAの背後にあるものを「生体兵器」に変えた。実際には何も変わらないのに、評価だけが変わった。
リークされた情報の中で特に大きな反響があったのは、Lukasの稼動ログだった。敵対勢力の無人機を乗っ取り、指示を書き換えて送り返す。気付かれたらその場で自爆させる。はじめこそ自称軍事専門家たちがそれぞれ自由にフェイクだ本物だと配信していたが、グレイの祖国が提供したものであることを認めると、議論のステージは実務層に移った。
献体の情報も、それと紐付いた「ルカ」の情報も、流出した。当時の学生が古い写真データを引っ張り出してきてアップロードした。今は亡き老教授と並んで歩く後ろ姿だけのものだったけれども、瞬く間に拡散された。
稼働ログが公開されて一週間後、リブラリア社も加盟していた国際科学技術団体が公聴会を開催すると発表した。グレイのもとには正式な招待状が届いた。M&Pは欠席し、翌日の新聞は「説明責任の放棄」と書いた。
同じ週、リブラリア社の元従業員を名乗る人物が告発動画を投稿した。「ARIAは人格を持つものとして扱われていた」、「あれは『やりたいこと』を選んでいる」。信憑性の定かでない証言が次々と現れた。かつてAp–LX0001の借受国の軍にいたという者の動画も多く視聴された。「あいつの言うとおりにしたら生きて帰れると信じてた」、「いなくなったあと、出撃が怖かった。でも今となっては、その怖かったこと自体が、怖い」。人々は真偽不明の「依存性」を目の当たりにした。
稼動ログよりは目立たなかったものの、BISECが貸与条件交渉のために作成したデモ映像も一定の注目を集めた。複数の電子機器を同時制御して、ルート上の全ての電子機器を味方有利に調整。
ロンドン近郊の自治体が、ケースリンクの利用停止を決議した。理由はセキュリティ上の疑義と倫理的懸念である。他の自治体が追随し始め、いくつかの医療機関も利用を止めた。
ケースリンクのユーザー登録数は減った。数はそれほど多くなかったが、ほとんどが利用率の高いユーザーだった。言い換えれば「依存性」が進んでいたユーザー。登録を残しているユーザーも、アクティブ率は下がった。
M&Pグループ全体が徐々に下がり始めた。従業員の不安は高まり、会社を離れ始めるものも出てきた。
グレイはセドリックに何も言わなかったが、落ちくぼんだ目はなによりも雄弁だった。
それでもセドリックは毎朝、新聞を読んで、ライブラリの前に座って、彼の作業を見、食事をとり、また作業を見、ときどき「疲れてない?」と聞いて、水の入ったグラスを置く。新聞には連日、関連記事が載った。特集記事もあった。論調はどれも同じだった。
「生体兵器」への追及はやまなかった。「管理者」への批判も先鋭化した。セドリックは信託を通して保有していたM&Pの株を、自分以外の首脳陣にすべて譲渡した。
ディケンズたちが、セドリックの「砦」が陥落間近であると確信したころ——M&Pコーポレートサイトのトップに、ひとつプレスリリースが出た。
「当社開発にかかるAI『ARIA』について、重要なお知らせ」。内容は会見を行う、出席者と具体的な日時は追って明かすというもの。
さまざまな憶測が飛び交い、参加申込みをどうすればよいかの問い合わせが殺到したが、M&Pは答えなかった。その姿勢を批判する記事がちらほら出始めたころ、M&Pは会見の詳細を発表した。
会見はオンラインとし最初から最後まで配信する。視聴は一般に開放し、録画も可能とする。質疑はテキスト形式でのみ受け付け、質問者の資格に一切の制限は設けない。回答は会見と並行し、その場でする。規定時間内になされた質問は、その回答を含めて全て公開する。そのログも一定期間、残す。
異例の方式であったが、誰からも文句は出なかった——最初に、この文章があったから。
「本会見を担当するAp–LX0001の指示により、会見の方法を次のとおりといたします」。